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例えば、“しばらく”、“ゆっくり”などの副詞はとても手軽で、ある一定のイメージを読み手に与える。しかし、この「一定の」イメージこそが表現の敵なのだと教えてくれる。
また、“愛しい”とか“寂しい”という言葉、口にしたとたんに、嘘くさく感じられることはないだろうか?もしくは、その言葉では足りない、言い表せない、というもどかしさを感じたことは?
言葉と感情の間は常に温度差をはらんでいる。その温度をいかに伝えるか?それこそが表現の醍醐味なのだ、ということがじわじわと(これがいけないんですね!)伝わってくる。
各章に実例として挙げられている、有名・無名の歌も効果的。
短歌をどう作るか?というより、作った短歌の何をチェックし、どう修正していくか、という視点で書かれてました。
添削結果の短歌が、筆者風な印象を受けるのは、添削元も筆者風な作品が多かったからでしょうか。
穂村弘は、誰もが忘れ去っていた幼少時の素直な高揚を、鮮明に描き出す。デビュー歌集『シンジケート』の代表的な歌に、既にそれは顕われている。
子供よりシンジケートをつくろうよ「壁に向かって手をあげなさい」
秘密基地、犯罪組織といった言葉が持つ、不思議な幼児性。著者はこのように、普段見落としがちな言葉の魅力を、ラインマーカーでチェックしていく。
また、この本はあくまで「Best of Homura Hiroshi」なので、それだけではなく、多様な一面を見せてくれる。
ウェディングドレス屋のショーウィンドウにヘレン・ケラーの無数の指紋
のように「三十一文字の小説家」としての技量を示したり、著者への手紙という形の「手紙魔まみ」では、
完璧な心の平和、ドライアイスに指をつけても平気だったよ
のように無邪気な愛の全能感、そして痛みを描いたりと、他にも紹介しきれないが、微笑ましいものから怖いものまで幅広く収められている。
短歌に興味はあるけど、ちょっと取っ付き辛いなあ……という人にこそお薦めという意味で、まさにベスト盤だと思う。
それに、女性歌人が元気な昨今、同じ男性として、応援したいという気持ちもある。
やっぱり、男性歌人の歌の方が、共感できる点が多いような気もしないではない。
年齢も、ぼくより7つ若いくらいだから、歌人がおじさんになって、自分への悲哀みたいなものがただよっているのを感じてしまう。
そして、甘さも優しさも、女性歌人のそれと、ちょっと違う。
なんか、まっすぐな甘さというか、木製の家具の優しさとでもいうか。
表現力がないので、これ以上、伝えられないが。
でも、力強さ、激しさもあるんですよ。
この歌人の歌の中には宗教的な匂いを持つ言葉が繰り返し登場する。それは、「許す」であり、「神父」「天使」「パイプアルガン」「洗礼」「馬小屋」である。これらはかなり歌人自身の宗教的なバックグラウンドと関連しているのではないかと思わせる。そして、この対極にあるのが、スカトロジックな露悪趣味である。宗教的な「善」的要素に対して、光と陰のような、この「悪」的要素が必ず出てくる。これらがこの歌人の歌の味となり、歌を深くしているものと思う。ショートストーリーも塊??められているが、やはり、短歌の方がずっと良い。
こわくなることもあるよと背を向けたまま鳥かごの窓を鳴らして(p.32,シンジケート)
恋びとの腋剃りあげて口づける夜明けの中に夏がきている(p.132,ラヴ・ハイウェイ)
穂村弘さんの歌には軽い毒と自己批判、刹那的な美を認める精神がある。何度も繰り返し読める歌集である。
例えば、“しばらく”、“ゆっくり”などの副詞はとても手軽で、ある一定のイメージを読み手に与える。しかし、この「一定の」イメージこそが表現の敵なのだと教えてくれる。
また、“愛しい”とか“寂しい”という言葉、口にしたとたんに、嘘くさく感じられることはないだろうか?もしくは、その言葉では足りない、言い表せない、というもどかしさを感じたことは?
言葉と感情の間は常に温度差をはらんでいる。その温度をいかに伝えるか?それこそが表現の醍醐味なのだ、ということがじわじわと(これがいけないんですね!)伝わってくる。
各章に実例として挙げられている、有名・無名の歌も効果的。
短歌をどう作るか?というより、作った短歌の何をチェックし、どう修正していくか、という視点で書かれてました。
添削結果の短歌が、筆者風な印象を受けるのは、添削元も筆者風な作品が多かったからでしょうか。
穂村弘は、誰もが忘れ去っていた幼少時の素直な高揚を、鮮明に描き出す。デビュー歌集『シンジケート』の代表的な歌に、既にそれは顕われている。
子供よりシンジケートをつくろうよ「壁に向かって手をあげなさい」
秘密基地、犯罪組織といった言葉が持つ、不思議な幼児性。著者はこのように、普段見落としがちな言葉の魅力を、ラインマーカーでチェックしていく。
また、この本はあくまで「Best of Homura Hiroshi」なので、それだけではなく、多様な一面を見せてくれる。
ウェディングドレス屋のショーウィンドウにヘレン・ケラーの無数の指紋
のように「三十一文字の小説家」としての技量を示したり、著者への手紙という形の「手紙魔まみ」では、
完璧な心の平和、ドライアイスに指をつけても平気だったよ
のように無邪気な愛の全能感、そして痛みを描いたりと、他にも紹介しきれないが、微笑ましいものから怖いものまで幅広く収められている。
短歌に興味はあるけど、ちょっと取っ付き辛いなあ……という人にこそお薦めという意味で、まさにベスト盤だと思う。
それに、女性歌人が元気な昨今、同じ男性として、応援したいという気持ちもある。
やっぱり、男性歌人の歌の方が、共感できる点が多いような気もしないではない。
年齢も、ぼくより7つ若いくらいだから、歌人がおじさんになって、自分への悲哀みたいなものがただよっているのを感じてしまう。
そして、甘さも優しさも、女性歌人のそれと、ちょっと違う。
なんか、まっすぐな甘さというか、木製の家具の優しさとでもいうか。
表現力がないので、これ以上、伝えられないが。
でも、力強さ、激しさもあるんですよ。
この歌人の歌の中には宗教的な匂いを持つ言葉が繰り返し登場する。それは、「許す」であり、「神父」「天使」「パイプアルガン」「洗礼」「馬小屋」である。これらはかなり歌人自身の宗教的なバックグラウンドと関連しているのではないかと思わせる。そして、この対極にあるのが、スカトロジックな露悪趣味である。宗教的な「善」的要素に対して、光と陰のような、この「悪」的要素が必ず出てくる。これらがこの歌人の歌の味となり、歌を深くしているものと思う。ショートストーリーも塊??められているが、やはり、短歌の方がずっと良い。
こわくなることもあるよと背を向けたまま鳥かごの窓を鳴らして(p.32,シンジケート)
恋びとの腋剃りあげて口づける夜明けの中に夏がきている(p.132,ラヴ・ハイウェイ)
穂村弘さんの歌には軽い毒と自己批判、刹那的な美を認める精神がある。何度も繰り返し読める歌集である。
例えば、“しばらく”、“ゆっくり”などの副詞はとても手軽で、ある一定のイメージを読み手に与える。しかし、この「一定の」イメージこそが表現の敵なのだと教えてくれる。
また、“愛しい”とか“寂しい”という言葉、口にしたとたんに、嘘くさく感じられることはないだろうか?もしくは、その言葉では足りない、言い表せない、というもどかしさを感じたことは?
言葉と感情の間は常に温度差をはらんでいる。その温度をいかに伝えるか?それこそが表現の醍醐味なのだ、ということがじわじわと(これがいけないんですね!)伝わってくる。
各章に実例として挙げられている、有名・無名の歌も効果的。
短歌をどう作るか?というより、作った短歌の何をチェックし、どう修正していくか、という視点で書かれてました。
添削結果の短歌が、筆者風な印象を受けるのは、添削元も筆者風な作品が多かったからでしょうか。